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3.災害時における地域精神保健医療活動の具体的展開

1.災害対策本部における精神保健医療の位置づけ

災害対策本部の立ち上げ当初から、その中に精神保健福祉センター長など地域精神保健医療活動に通じた精神科医を加えることが重要である。これまで、精神保健医療活動が成功した事例では、災害・事件後、一両日以内に精神保健医療活動を行うことが、対策本部において宣言されており、担当者が動き出している。逆に、必要が生じてから精神科医を呼ぶという方針をとった事例では、必要性の認識それ自体が遅れてしまい、精神科医が加わったときには、すでに問題が山積していたということになりがちである。

災害対策本部における精神科医の役割は、
 *精神保健医療活動に関する、災害対策本部としての方針を決定すること
 *現場で援助活動に当たる者を通じて、被災住民の精神健康状態を把握すること
 *現場で活動をしている様々な援助者に、精神保健医療活動の助言を与えること
 *現場で活動をしている様々な援助者に対する精神保健医療活動を行うこと
に大別される。

また、災害後の地域精神保健医療を有効に実施するためには、現場における精神保健医療の担当者(保健所、精神保健福祉センターなどの保健医療従事者)に、ある程度の裁量権を与えることが必要である。特に住民の精神状態は、報道や、新たな事故、二次的災害などによって急激に変化することがあり、即応できる体制が望まれる。具体的には、地域訪問の組織化、訪問対象地域の選定、訪問頻度、訪問中止の決定、外部の精神保健医療援助者との連携や専門家への助言指導の依頼などについて、できるだけ現場の判断に応じて即応できる体制が必要である。過去の事例では、避難所の住民のほとんど自宅に引き上げたにもかかわらず、避難所への巡回活動の中止の決定が遅れ、そのために自宅を訪問すべき人員の確保に支障が出たということもある。

このうち、特に重要なことは、災害時に臨時に立ち上げた、避難所巡回や相談所の開設、ホットラインなどの特別な精神保健医療活動をどのように終結させ、通常の地域精神保健医療業務に、円滑に移行させるのかということである。その際、災害に対する精神保健医療活動そのものが後退したと思われることの無いように、広報等を通じて十分に情報提供をすることが望ましい。特別の相談窓口や臨時に開設した電話回線が無くなっても、通常の相談の枠の中で、あるいは通常の電話回線を通じて災害に関する相談が出来ることなどを伝える必要がある。このように通常業務の枠組みに戻ったとしても、災害に関連した住民への援助活動が続くうちは、予算、人員などへの配慮が必要な場合が多い。

2.初期対応(災害後1ヵ月間)

対応についてガイドラインが必要とされるのは、とりあえずは初期の4週間である。それ以降になれば、必要な情報がそろっており、専門家による援助チームも結成され、外部からの助言も得られるはずであり、また地域や災害の内容による差異が大きくなるので、現場の事情に即して工夫をする必要がある。以下では、初期の対応について、共通して心得るべきことを述べる。

1)現実対応と精神保健

災害直後の住民は、現実的な被害としての死傷や、家財の被害などによる苦痛を感じていると同時に、このような突然の運命に見舞われたことによる、言いようのない恐怖や不安をも感じている。現実の被害に基づいた苦痛に対しては、当然のことながらそれに適切に対応することが、最良の対策である。不安などの心理的な反応に対応するためには、まず生命、身体、生活への対応が速やかに行われることが前提となる。しかしそれだけで心理的反応としての恐怖や不安のすべてが解消されるわけではなく、精神的な問題を念頭に置いた対策が必要となる。

例えば「JCO臨界事故」の時には、被曝の不安を持った住民に対して、放射能の計測が、事故後数日の内に個別に行われた。このように生命・身体への対応が迅速に行われたことによって、住民の不安は大いに和らげられたのである。

2)直後期の対応=ファースト・コンタクト(First contact:初回接触)

ファースト・コンタクトとは、災害後、出来るだけ早い時期に、援助者が、被災現場や避難所に出向いて、被災者と顔を合わせ、言葉を交わすことである。

この場合の援助者は、その時々の住民のニーズに応じた者が駆けつけることが原則である。災害直後には、当然、救命救急や鎮火、ライフラインの確保などが優先されるから、それに対応する援助者が現地にはいるべきであって、住民への声かけなども、できるだけそのような援助者が担当する方がよい。

ファーストコンタクトの際には、可能な限り、後述の見守りチェックと心理的応急処置を参照し、心理的に不安定な者の同定と、そうした者について簡単な心理教育(心理学的情報提供)を行うことが望ましい。

ファースト・コンタクトは、災害後出来るだけ早い時期に実現することに意義がある。それが遅れると、住民は不安、絶望、混乱の中に取り残されることになる。また、援助者が、被災者の場所に赴いて援助の意志を伝えるということが重要であり、そのことによって住民は、今後の援助活動についても信頼感を持つ。急性期にはさまざまな援助者が現場にはいるが、その中で一部の地域住民がファーストコンタクトから取り残されることがあるかもしれない。また、援助者が現場に入ったとしても、本来業務が多忙なために、住民にたいするファーストコンタクトが行えていないことがある。災害対策本部において、どの程度ファーストコンタクトが実現できているか、またその結果として、どの程度に住民が不安定となっているかの情報を一元的に把握すべきである。そのためには、災害前からの、多職種との連携による精神保健医療の総合対策の策定、打ち合わせを行う必要がある。

3)見守りを要する者のスクリーニング

特に重症感があり、精神保健医療上の援助を必要とする住民を適切にスクリーニングすることが必要となるが、初期に現場に入る者は一般援助者であることが多いので、専門的な診断は出来ない。しかしながら、そうした一般援助者であっても、付録の見守り必要性のチェックリストを用いることによってある程度のスクリーニングを行ったり、次項に述べられている心理的応急処置を行うことは可能である。一般援助者に対して、こうした対応方法を、出来るだけ早い時期に伝達し、見守り必要性のチェックリストを配布することが望ましい。併せて、プライバシーへの十分な配慮を指導する必要がある。実際には災害直後にこうした伝達を行うことは難しいので、防災訓練などを通じて、あらかじめ伝達をしておくことが実際的である。また、こうした見守り必要性のチェックの結果について、一般援助者が必要と感じた時には、地域精神保健医療の担当機関に助言を仰ぎ、状況に応じて地域精神保健医療従事者にその後の対応を依頼できるような、連絡体制の確立が望ましい。適切な見守り必要性のチェックを行うためには、一般援助者が、あらかじめ防災訓練時などにチェックリストを用い、経験を積んでおく必要がある。

4)心理的応急処置

前項と同様に、災害直後に現地に入るのは一般援助者であるが、そうした者でも心理的な応急処置(米国PTSDセンター:Dr Gray, Dr Litzによる)を実行することは可能である。ただしそのためには、見守り必要性のチェックリストの場合と同様、災害が発生する以前から、訓練時などに経験を積んでおく必要がある。

この時期の精神的な変化の多くは急性期のストレス反応であり、症状も多彩であり、かつ速やかに変化する。したがって、医学的な症状を正確に記述するとか、診断を考えることはあまり意味がない。ある程度の重症感があったり、苦痛を感じている人が同定できればよい。そのためには顔を合わせて言葉を交わすことが最良の方法である。体の病気にたとえて言えば、頭痛や吐き気で苦しいことを知るためには、特に医学的な知識が無くとも、本人と直接話をしたり様子を見ればよいのと同じことである。また逆に、そのようにして住民一人一人と援助者が接すること自体が、住民全体についての不安を軽減し、安心感をもたらすことになる。もちろん、こうした接触だけですべての症状を見つけることは不可能であるが、災害直後に、住民全体に対して行う方法としては、妥当なものと思われる。住民と接するときには、もし苦しいときにはホットラインなどで相談できることや、相談所の開設について伝えるようにする。

実際に不安定になっている住民を見つけた場合の対応としては、もちろん、アウトリーチの現場で、直ちに医学的な処置はできない。ただちに医療や援助につなげることができるかどうかは、災害の規模によって異なってくる。その場での対応としては、基本的には、以下のことを伝えるようにする。災害の後で新たに生じた不安、落ち込み、苛立ち、焦りなどは、一時的な、誰にでもあることなので落ち着いて様子を見ること、しかし、程度がひどくなった場合には、迷わずにホットラインや相談所などを利用することを伝え、また今後も、精神的な援助が続けられることを確認する。

不眠、パニック、興奮、放心などが強い場合には、できるだけ早期の医療につなげるようにする。こうした場合には、災害だけが原因ではなく、災害の前に別の強い衝撃があったり(家族の事故など)、何らかの精神疾患があったり、あるいは始まりかけていた場合があるからである。こうした重症感の非常に強い事例は、身体医療の担当者によっても発見される率が高いので、身体医療の救急治療、搬送の対象とする場合もある。これとは別に注意すべきことは、これまでの投薬治療が中断することによる増悪である。特に、てんかんで治療を受けていた者が、服薬が中断されることによって発作を起こすことは注意を要する。重鎮発作の場合は命に関わることがあり、中断後、最短で2日後に起こる可能性がある。それ以外にも、パニックや不安発作、統合失調症の悪化などがあり得る。しかし、精神科疾患で治療を受けているのかどうかということを、ほかの住民の前で、聞くことは難しい。従ってこの部分については、身体疾患と併せて、これまでの治療が中断したり、薬が手に入らなくて困ることはないか、と聞くことが良いと思われる。

5)医学的スクリーニング

災害後3週目以降になると症状が半ば固定するので、現場の必要性に応じて、医学的スクリーニングを行うことが望ましい。スクリーニングの時期としては災害後一ヶ月程度が目安となるが、個別の現場の事情によって遅くなることもやむをえない。災害発生時以来の精神医学的な診断を下すことが出来ることが望ましいが、全住民に対してそれができる精神科医の確保は困難であることが多い。診断ができなくとも、精神的な症状の重篤度や、家族、地域的な背景からのハイリスク者を特定し、必要な援助を重点的に与えるための情報が得られれば良い。そのためであれば、質問紙を用いて、精神科医でなくとも他の医療従事者が担当することも可能である。実際には、まず包括的な精神健康に関する質問紙や面接によって簡単なスクリーニングを行い、その後、精神科医が診断面接を行うという方法が勧められる。また、住民の受診率を高めるためには、「ストレス健診」といった受け入れられやすい名称を用いたり、一般的な身体健康についての健診と合同で行うことが実際的である。

この時期にスクリーニングを行うことは、その後の精神保健医療活動の計画ならびに継続的な援助の評価をする際の基礎資料となる。ただ、3-4週の時点で、たとえば、急性ストレス障害(Acute Stress Disorder:ASD)(用語解説参照)の診断がついたとしても、1-2ヶ月のうちには半数程度は自然に回復すると言われている。

6)情報提供

住民への情報提供は、災害直後からの一貫して重要である。

(1)現実情報の提供

災害の規模、家族の安否、今後の見通し、援助や医療についての情報を、報道機関との連携の元に迅速、適切に与えることが、住民の不安を鎮め、孤独感を和らげ、無用の混乱やパニックを未然に防ぐことになる。またニュースレターの形で活字配布物とすることも、住民にとって認識しやすい情報となる。

(2)心理情報の提供

これに加えて地域精神保健医療の立場からできる情報提供は、災害に伴う一般的な心理的変化と、それへの対応方法、そして精神的な援助体制に関するものである。特に心理的な変化は本人からも周囲からも否定されやすいので、そうした変化が生じ得ると言うことを知らせることには意味がある。また、ホットラインなどの相談窓口についてもできるだけ早期に周知徹底する。現実の救助活動はすぐに住民の元には届かないかもしれない。また、災害情報にも曖昧なところがあるかもしれない。そのようなときに、いたずらに動揺をしないように、また、流言蜚語に惑わされないように助言することも重要な役割となる。

7)「心の相談」ホットライン

情報の提供によって住民の全般的な不安は軽減するとしても、個別にはやはり不安や精神的な課題を抱えた住民が存在する。そうした住民からの自発的な心の相談の窓口として電話によるホットラインを開設することは非常に有効である。実はこれまでの事例では、必ずしも心の相談ホットラインの利用率は高くない。しかしそのことは、ニーズがないということではなく、「心の相談」ということのイメージがつかみにくいためであることが多い。そのため、災害の一般情報や、身体、生活全般に関する相談のためのホットラインに寄せられた相談の中から、心の相談として対応することがふさわしいと思われたものについて、「心の相談」ホットラインや精神保健医療の専門家を紹介することが望ましい。

8)「PTSD」をどのように扱うか

(1)PTSDの位置づけ

マスコミ報道ではPTSDがとかく注目されがちであるが、災害といえば必ずPTSDが生じるわけではなく、またPTSD以外にも、これまで述べたように、さまざまな心理的な問題が生じてくる。北海道有珠山の噴火では、死傷者や大火災が生じる寸前で住民避難が行われたために、PTSDの原因となるようなトラウマはほとんど生じておらず、住民の心理的問題の多くは生活不安と、避難所での生活ストレスであった。「JCO臨界事故」においても、地域住民に生じた反応の多くは、目に見えない放射能への不安と、情報不足による混乱に起因するものであった。他方で、「阪神・淡路大震災」の仮設住宅居住者、消防士、「和歌山カレー毒物混入事件」の地域住民にはPTSDが生じている。このように、PTSDが生じるか否かは、その災害の性質によって相当に異なっている。また、同じ災害の中でも、そこで何を体験したかということは、個人によって大きく異なることは言うまでもない。

一般に、PTSDを生じることのある体験は、本人もしくは身近な人間の生死に関わるような危険を生じるものとされている。災害の場合は、火災や洪水、家屋倒壊などの体験、身近な人の死傷、死体の目撃などが、もっともよく見られる原因である。

PTSDの危険が予測されたとしても、精神保健医療活動の中心を、PTSDの早期発見、治療だけにしておくべきではない。PTSD以外にも多彩な心理反応が生じるからであるし、また、PTSDの症状が軽快した後でも、トラウマ反応の一種の後遺症として、社会からの引きこもりや、不適応などが生じるからである。あくまでも、心理的な変化を幅広く捉え、必要に応じた診断、評価、援助を行っていくという基本姿勢が重要である。

(2)トラウマとPTSDへの対応

それでは、PTSDが特に心配される場合には、具体的にどのようなことをしたらよいだろうか。実は、通常の援助活動を入念に行うということが最善の方法である。被災者の現実的な不安に対応し、その原因となっている生活上の困難をできるだけ軽減するような援助を行う。特に、老人、乳幼児などの災害弱者のケアの負担や、発生した傷病による入院家族の見舞いや通院、生活上の雑事などの負担はできるだけ減らすように援助を行う。そうしたことによって、安全、安心、安眠をできるだけ早く実現することである。安全とは、もう災害などの害が及ばないような場所に保護をすることであり、安心というのは、被害者の孤立感を和らげ、援助のネットワークによって守られているという感覚を与えることである。実際には家族に死傷者が出た場合など、こうした状態が実現できないこともあるが、できるだけそれを目指した条件を整えていく。初期には睡眠を確保することが重要であり、安眠できるような環境を早急に確保する必要がある。

後述の見守りチェックリストを活用し、症状の重篤な者、悪化傾向にある者、リスクの高いと思われる者、二日以上の強い睡眠障害や悪夢が見られた者については、精神科医の意見を求めることが望ましい。

PTSDについてのハイリスク者を見分ける方法はまだ確立していない。しかし、先に述べたようなトラウマ体験に強く曝された者、家族に死者が出た者、生活基盤の破壊が強かった者、災害の前に事故で家族を失うなどのトラウマ体験があった者などについては、注意が必要である。もちろん、こうした情報はなかなか適切に得ることができないが、近隣の人の話や、これまでの地域保険活動を通じて得られた地域住民の情報などが参考となる。

じっさいにPTSDが発症した場合には、上記の安全、安心、安眠の環境を再確認する必要がある。また、本人の不安が特に強かったり、悪化の傾向にある時には、その後の対応を精神科医と相談することが必要である。

一般に、体験の内容や感情を聞きただすような災害直後のカウンセリングは有害であるので、行ってはならない。これまでは、早い時期にそうした形のカウンセリング(心理デブリーフィング)を行うことで、将来のPTSDが予防できるという考え方があった。しかしその効果は現在では否定されており、国際学会や米国の国立PTSDセンターのガイドラインでも行うべきでないと明記されている。心理的デブリーフィングを行うと、そのときには良くなった感じが得られるのだが、将来的にはかえってPTSD症状が悪化する場合さえある。現在でも、こうした古い考えに基づいた援助が提案されることがあるが、行ってはならない。

重要なことは、被害者の周りに、理解者のネットワークを作ることであり、被害の現実的な被害や、生活上の困難を話し合うことである。しかし、それは、友人あるいは隣人としての配慮によるべきであり、体験の細部を聞き出したり、感情をはき出させるようなことはすべきではない。援助者との良好な関係が築けた場合には、長期的なアルコール依存が減少するという報告がある。

3.トラウマからの自然回復

被災者の多くは、たとえ一時的に精神が不安定になったとしても自然に軽快する。「阪神・淡路大震災」の仮設住宅居住者ならびに消防隊員、「和歌山カレー毒物混入事件」の地域住民、「某工場火災事故」の従業員においては、1年以上を経過した後のPTSDの有病率は狭く見て10%よりやや少なく、部分PTSDを含めれば20%前後であった。この数値は、犠牲者が住民の数%であって、体験の衝撃を共有している集団に事件の1年後に生じるPTSDの率として、一応の目途となる。もちろん、母集団の定義や、災害の衝撃度によって、この数値は変動する。また災害後3ヶ月時点では、「和歌山カレー毒物混入事件」での調査によるとPTSDが18%、部分PTSDが20%であり、半年後にはそれぞれ8%、10%となり、1年後も同じ数値であった。

すなわち、上記のように住民を定義した場合には:
1)住民の約20%に、広い意味でのPTSDが生じる
2)約80%は自然回復が見られる
3)体験後、半年から1年以降は、自然回復はほとんど見られないと推測できる。

したがって、地域全体に対する精神保健医療の対策としては、自然回復が多数の者に見られることを前提として、そのプロセスを支援することが実際的である。そのためには:
1)自然回復を促進する条件を整える
2)自然回復を妨げる要因を減らす
の2点が必要である。こうした配慮は、身体疾患の治療において、安静、清潔、栄養を確保することに似ている。言うまでもなく、症状の強い住民や、リスクの高い住民に対しては、特定するためのスクリーニングや自発的相談の促進などを通じて同定し、個別の援助が必要となる。

1)自然回復を促進する条件

通常の身体的外傷であれば、それが治癒するためには、清潔、安静な環境で、十分に休養と栄養を与えることが必要となる。トラウマについてもそれと同様であり、そうした条件のないところで、専門的な治療を行う必要はない。回復を促進する条件とは、以下のとおりである。

<現実面>
  • (1)身体的安全の確保
  • (2)二次的災害からの保護(地震の後の火災、有毒物質等の汚染など)
  • (3)住環境の保全
  • (4)日常生活の継続(学校、仕事、日常的な家事など)
  • (5)経済的な生活再建への展望(経済的基盤、職業の確保、家屋の復旧など)
  • (6)生活ストレスからの保護(避難先での生活上のストレス、取材など)
<一般的サポート>
  • (7)災害、援助に関する情報
  • (8)援助者による現地の巡回
  • (9)住民から見て援助が「手の届くもの」と感じられること
  • (10)住民からの要望、質問に迅速に回答が得られること
<心理的ケア>
  • (11)心理的な変化に対する情報・教育(症状だけではなく、健全な状態や回復時の状態についても情報を与えること)
  • (12)必要時の相談先の明示(ホットライン、相談窓口)

2)自然回復を阻害する要因

逆に自然回復を阻害する要因とは、二次的なトラウマを与え、日常生活の安定を脅かすような刺激である。災害によっては、現場の検証や、補償のための事実確認(保健会社による聞き取りなど)が行われることもあり、こうした手続きが心理的には相当の負担を与えることに留意すべきである。ただし、こうした手続きの可否を精神保健医療の面だけから論じることには限界もあり、現場において総合的な判断が求められる。少なくとも、手続きの前後の住民の心理的な変化については留意をすべきである。
回復を阻害する要因は多種多様であり、すべてを列挙することはできないが、現場において比較的多く遭遇するだけを述べる。

<現実的援助の遅れ>
  • (1)生活再建の遅れ
  • (2)避難先での生活環境の悪化、プライバシー確保の困難
  • (3)家族・知人の死傷、消息不明
<災害弱者(自分がそうである。家族にそのような者がいる)>
  • (4)乳幼児
  • (5)高齢者
  • (6)障害者
  • (7)傷病者
  • (8)日本語を母国語としない者
<社会機能>
  • (9)単身者
  • (10)家族以外に話し相手がいない
<その他>
  • (11)本人の意に反した取材活動
  • (12)警察、行政、保健会社などによる事前調査

4.外部ボランティアとの連携

1)援助の方針は災害対策本部が定めるべきである

災害時には非常に多様な職種のボランティアが駆けつけてくるが、災害時の精神保健医療について体系的な知識や、国際的に標準となっている知識を持っている者は少ない。特に、上記の心理的デブリーフィングは、効果が実証される前に組織作りが先行したこともあり、現在でもこの方法を用いて介入しようとする申し出がなされることがある。また、ボランティアの多くは数日間で立ち去ってしまうので、その後の継続的な活動への受け渡しができない。従って、援助の全体的な方針を外部からの助言にのみ従って定めることは、後に問題を残しかねない。こうした多様な職種からの協力の申し出については、それぞれの職務に応じて、必要なときに必要な役割を依頼することが望ましく、援助の全体的な方針は、あくまで現地の災害対策本部の責任において定めるべきである。

2)住民との接触は災害対策本部がコントロールすべきである

外部から駆けつけたボランティアが直接に被災住民と接する時には、必ず災害対策本部を通すように指示をするなど情報を一元化する方がよい。そうでないと、住民の受け取る情報や知識、方針に混乱が生じてしまう。災害規模が大きい場合には、ボランティアによる現地活動を十分にコントロールすることは難しいこともあるが、極力そのように努力をする。
特にボランティアによっては、すでに効果が否定された急性期の心理的デブリーフィングなどの技法を現地の住民相手に独自に行ったり、投薬を否定するなどの対応を行うことがあり、住民に不利益をもたらすことがあるので注意が必要である。

3)外部からの調査活動は災害対策本部がコントロールすべきである

過去の災害などでは、外部からの調査チームが住民にアンケート調査などを行い、結果を還元しないままに立ち去ると言うことがあった。不用意な調査活動は質問内容によっては住民の不安をかき立てかねない。また、調査に当たっての説明、同意の手続きにも疑問のあることが多い。調査活動についても、災害対策本部としてこれをコントロールするように務め、どうしても必要と思われるときには、継続的な援助活動に参加することを条件に検討すべきである。

5.報道機関との協力・対応

報道による情報援助の意義

迅速、公正な報道が行われることは、災害の事実関係の情報のみならず、援助に関する情報をも提供する上で非常に有益である。また報道によって被災地域がその他の地域、住民と結びついているように感じられることは、一種の治療的ネットワークを形成し、トラウマからの立ち直りを助ける。また、風評被害、スティグマなどの軽減にも有効である。

6.多文化対応

国際化に伴い、日本語を母国語としない居住者の数が増えている。一部は一時的な渡航者であり、あるいは修学、就労のための滞在者であるが、日本の言語理解に困難があるという点で、災害弱者であると見なされる。一般に、情報が十分に行き届かず、二次的な情報不安に陥りやすい。また、必要な医療、援助を受けることが難しいことが多い。

対応に当たるスタッフは、日本人が言葉や生活習慣の違い海外で被災した場合にどのような困難に陥るのかを想定し、日本における外国人もそれと同様の困難に陥ったものと考え、適切な情報や援助の提供を行う必要がある。特に言語の問題については、関係機関との連携の上、速やかに各国語による情報提供を行うことが望ましい。

また母体となる文化によって、災害時の反応の様式が異なることがある。そのために、被災時の集団行動や避難所での生活に葛藤を生じることが想定されるが、精神保健医療担当者がそうした点を理解した上で調整に当たる必要がある。

当該住民の母国語を話すボランティアなどを確保することは有益であるが、実際には必要な人数をそろえることは難しい。その場合には地域外の専門家に依頼して、広報に多国語によるメッセージを掲載したり、メディアによる放送(災害情報)の際に、多文化対応が必要であることを要請するなどの対応が求められる。多国語による情報提供は内容的に不十分になりがちであるが、母国語で情報提供がなされること自体が、当該住民にとっては安心感を与えると思われる。

ただし、永住権を持つ外国人の場合は、ほとんどが日本で成育しており、本稿で述べるような意思疎通上の問題は無い。過去には、災害時の群集心理の中で外国人への加害が生じたことがあるが、「阪神・淡路大震災」では復興活動への友好的な協力関係が見られており、適切な情報提供と、行政による誘導尾が効果的であると考えられる。情報提供や避難所での処遇など、特に多文化対応の対象に含める必要は少なく、あえてそのように扱うことはかえって現場に混乱を招くことも予想される。

7.援助者の精神健康

1)背景

援助者は、災害時に際しては当然の事ながら被災住民の援助を任務とするが、そのためにかえって自分自身の健康の問題を自覚しにくく、また自覚したとしても使命感のために休息、治療が後手に回りやすい。しかしながら、援助者には被災者とは違った形のストレスが生じており、また援助活動後の原職場への再適応についても問題が生じることがある。自身の健康問題に忍従を強いることは、業務の円滑な遂行にも支障を生じることにもなりかねない。援助者は十分な健康管理の下に初めて業務を遂行できるとの認識の元に、援助者についても適切なケアを行うことが必要である。

2)援助者のストレス要因

(1)急性期における業務形態が慢性化することによる疲労

災害の直後には不眠不休で援助活動に当たることができるとしても、そうした業務形態が中長期化した場合には疲労の蓄積などの問題が生じ得る。また急性期には仕事の枠組みを考えずに活動したとしても、中長期的には各自の役割分担を明瞭にする必要があり、そうでないと責任を過剰に引き受け、疲弊・混乱する。その結果、いわゆる「燃え尽き」症候群の発生も考えられる。

(2)使命感と現実の制約とのあいだで葛藤を生じやすいこと

多くの援助者は、被害者援助の純粋な使命感に駆られているが、現実には例えば消防活動における水の不足などの制約があり、理想とする援助活動が出来ないことがある。その場合に、使命感と現実の制約とのあいだで心理的な葛藤が生じ、罪悪感や無力感が生じることがある。

(3)住民との直接の接触により、心理的な反応として、怒りなどの強い感情を向けられることがあること

一般に強い被害を受けた場合には、怒りや罪責などの感情的な反応が周辺住民に生じるが、人為災害の場合には特に怒りが強くなる。しかし直接に有責任者に怒りを向ける機会は得られないために、身近な援助者に怒りを向けることが少なくない。援助者がその怒りを自分個人に向けられたものと感じたときには、援助者にとって非常なストレスとなる。前項で述べたように、業務の遂行に制約があると感じたときには、いっそうの罪悪感を持ったり、業務への忌避感情が生じることがある。

(4)被害現場の目撃によるトラウマ反応を生じること

援助者は一般住民よりも、災害の悲惨な光景や犠牲者の遺体などを目撃する可能性が高く、そのことによってPTSDなどのトラウマ反応が生じる可能性がある。

(5)同一地域からの援助者は自分自身や家族も被災者、あるいはそのおそれがあること

特に家族、知人に被災者が出た場合、そのケアを犠牲にして住民の援助活動に当たることになり、心理的な緊張・疲労感をもたらす。

(6)他地域からの援助者は、出向に伴う生活の不規則化、ストレス対処法の困難、残された家族の問題が生じ得ること

他地域からの出向者の場合、睡眠、食事などに不適切を生じたり、日常的に行っているストレスへの対処行動(趣味、運動など)が不可能になるため、ストレスが蓄積しやすい。また、災害とは関係のない家族の問題などを持っている場合もあり、出向が長期化した場合には、それが顕在化することもある。特に出向の期限が不明瞭な場合には、このストレスが大きくなる。

3)援助者に生じる心理的な反応

災害時に援助者に生じると考えられる心理的な反応は、以下のとおりである。

  • (1)急性ストレス反応(ASD)
  • (2)PTSD
  • (3)適応障害
  • (4)恐怖症
  • (5)従来の精神疾患の増悪
  • (6)その他

4)対策

(1)業務ローテーションと役割分担の明確化

災害直後はやむを得ないとしても、出来るだけ早期に、動員された援助の活動期間、交替時期、責任・業務内容を明確にする必要がある。

(2)援助者のストレスについての教育

援助者に生じ得るストレスについて、それが恥じるべきことではなく、適切に対処すべきことであることを教育しておくことが有効である。

(3)心身のチェックと相談体制

心身の変調についてチェックリストを援助者本人に手渡すなどし、必要があれば健康相談を受けられることが重要である。

(4)住民の心理的な反応についての教育

援助活動において、住民から心理的な反応として、怒りなどの強い感情を向けられることがあることについて教育を行い、可能で有れば、研修などの機会に、住民とのやりとりについてロールプレイなどを取り入れておくことが有効であると考えられる。

(5)被災現場のシミュレーション

各種災害が生じた場合の情景、死傷者の光景などについて、スライド体験などのシミュレーションを行っておくことも有効である。

(6)業務の価値付け

援助業務について、それに従事した個々人が組織の中で評価され、報いられることは意外に少ない。援助業務の意義、効果については、公の広報などでその価値を明確に記載し、また組織の中ではしかるべき担当者が、援助活動の価値を明確に認め、労をねぎらうことが重要である。